大切な友人とスタンのこと 1

   

わたしが老犬介護をライフワークとしたきっかけ

彼女との出会いは3年ほど前。
たまたま毎日のお散歩ルートと時間帯が同じだったことや、同世代ということ、そして何よりも彼女の愛犬に対する優しく愛情あふれる姿勢にひかれて、あっという間に仲良くなりました。
明るく快活で、誰に対しても優しい態度を崩さない彼女の周りにはいつも多くの犬仲間が自然に集まってきました。
彼女のパートナーは大型犬で当時13歳。ここでは仮名をスタンとします。
スタンはとても穏やかで小型犬にもやさしく、散歩やドッグランで彼女との時間を心から楽しんでいる姿に誰もが癒やされました。
 
そんな幸せがずっと続くと思っていましたが、運命は残酷です。
あんなに走るのが大好きだったスタンの後ろ脚に異変が起こりました。
走るのを避け、歩いている時にも後ろ脚だけ何だかぎこちない。
そんな異変にすぐに気づいた彼女は、ずっと通っていた近所の獣医さんにすぐに駆け込みました。
しかし、そこでは病気の診断はつかず「年齢が年齢なので、ある程度関節に問題が出てくるのは仕方ないですね」と言われただけ。
年齢に対する覚悟は彼女の中にある程度できていたため、その宣告をすんなり受け入れ、自宅に帰ってから
「走れなくても、たとえ歩けなくても、ずっと一緒にいるから大丈夫だよ」とスタンに語りかけたそうです。
 
ただ、この決断が後々、彼女を大きく苦しめることになってしまいます。
徐々に進行すると思っていた後ろ脚の不調が、1か月もしないうちに急激に進行してしまいました。
距離を短くしてお散歩に行ったり、歩行介助のための補助ベルトを使ってみたり、、、。問題が起こるたびに、私も彼女と一緒にいろいろと調べて、補助ベルトの調整やマッサージなど、考えられることは何でも試してみました。
それでも進行は止まらず、数ヶ月の後には自力で立ち上がることさえできなくなってしまいました。
 
お外が大好き、人が大好き、他のワンちゃんが大好きなスタン。
それなのに、散歩に行くことを極端に嫌がるようになり、以前のような豊かな表情はほとんど消えてしまいました。
カートを使ったお散歩なども考えましたが、彼女は「一度、歩くことを諦めてしまったら、もっとひどい状態になってしまうかもしれない」と考え、なかなか実行にうつすことができませんでした。
 
最初のうちは精力的にいろんな対処法を考えていた彼女。
この頃から、頻繁にスタンを優しくなでながら「ごめんね」と繰り返し繰り返し口にするようになりました。
あまりに頻繁なので「何を謝ることがあるの?だってこんなにいろいろとしてあげているのに」と聞くと、彼女はこう答えました。
「なんでかかりつけの動物病院にしか診せなかったんだろう。あの時に、あまりに早く覚悟を決めてしまった自分の決断のせいで、スタンはこんなに辛い思いをしているんだよ。関節の専門の病院とかもあるのに、何で出来ることをやらないままにしちゃったんだろう、、、。」
 
病気や老化の進行には個体差も大きいし、彼女の決断が直接的に現在の状態につながったわけじゃない。
これだけ、いろいろと世話をしてくれていることはスタンだってちゃんとわかってくれているよ。
少しでも力になりたくて、いろんな言葉を重ねましたが、彼女の悲しそうな表情は変わりませんでした。

専門医の診断を受けに

「だったら、今からでもできることをしようよ」
落ち込む彼女をやや強引に説き伏せ、数日後、スタンを整形外科 専門外来に連れていきました。
 
行きの車の中で、彼女の様子はすっかりいつもの状態に戻っていました。
いえ、戻っているように「見せて」いました。
私が心配していることを申し訳なく思い、これ以上心配かけたくないという表面上の明るさだったのでしょう。
その明るさが逆に心配でした。
 
会話がふと途切れた時、彼女はぽつりとつぶやきました。 
「なにか取り返しのつかない病気だったらどうしよう。」
なぜ、彼女が他の病院に連れていきたがらないのか不思議でしたが、これが原因だったのでしょう。
「そうしたら、その時にできることを一緒にさがそうよ」
  私がそう答えると、彼女は「そうだよね。うん。そうだよね。」と自分に言い聞かせるように何度もうなずきました。
 
病院に着き、長い待ち時間の末、さまざまな検査を受け、、、。
担当の先生から伝えられた結果は「加齢変化によるもの」でした。
 
急速な進行の原因は明確にはわからないけれど、スタンの骨格バランスによるものではないかと。
その結果を聞いたときに、彼女の表情が一気にゆるみました。
数カ月前にかかりつけの獣医さん以外にすぐにみせなかったことをよほど悔やんでいたのでしょう。
そこからは、先生に迷惑なんじゃないかとこちらが心配になるほど、今後の生活のアドバイスやリハビリなどについて多くの質問を次々に投げかけていました。
いつもの状態に戻った彼女を、部屋の隅で私とスタンは一緒に眺めながら、「ちょっと図々しすぎだよねぇ笑」なんてコソコソとスタンとおしゃべりしていたあの時。
スタンもいろんな検査で疲れているのにも関わらず、頭をしっかりと上げて、彼女を見つめていました。
 
「大変な状況には変りないけれど、すべきことがはっきりして良かった」
そう言う彼女には、いつものパワーがみなぎっていました。
獣医師のアドバイスにより、家の中での歩行訓練は短時間で複数回行っていくこととし、外へ出るときにはカートを使用。筋肉の増強のため、フードもタンパク質が多いものに変更しました。
スタンも新しい生活のパターンに少しずつ慣れてきて、以前のような表情が少しずつ戻ってきました。
 
私の住んでいる地域は犬を飼っているおうちが多く、カートに乗ったスタンにいろんな方々が声をかけてくれました。
「今日も元気だねぇ」
「スーちゃん、なんだかちょっと太った?」
「今日は寒いから気をつけるんだよ」
その度に、微妙に小さくシッポをふるスタン。
その控えめさがなんとも可愛らしく、彼女にも私にも自然な笑顔が戻ってきました。
 
こうやって、穏やかで幸せな日々が続いていくといいなと、彼女も私も祈っていました。
でも運命は残酷です。
それから半年ほど経って、スタンに新たな異変が起こりました。